イランのロウハ二大統領が三日間のイラク訪問を終える。
それを報じる各紙の報道は、一様に、イランとイラクの関係が強化されたと報じている。
これを見た私は、あれから16年経って、米国のイラク攻撃が完全に失敗に終わったと思った。
ブッシュの米国がサダム・フセインのイラクを攻撃したのは2003年3月20日だった。
当時レバノンの人たちは、この米国のイラク攻撃は、イラクをサウジアラビアに次いで二番目の親米国につくり変えるためだと、口をそろえて言っていた。
実際のところ、米国はイラク攻撃の直後から、バクダッドの米国大使館を世界最大規模の米国大使館に新築しようと動いた。
イラクを親米的な民主国家につくり変えるには、外交官や軍人のほかに、国造りに必要な公務員や弁護士など、多くの文民を常駐させる必要があったからだ。
その規模に見合う大きな大使館が必要だったからだ。
しかし、その目論見は見事に外れた。
イラクを統治出来なかった。
反米テロを抑えきれず、イラクを破綻国家にしてしまったからだ。
そして、イラク攻撃から16年たって、イラクは親米国家どころか、反米のシーア派が政権を握り、おなじくシーア派である米国の宿敵、イランとの関係を深めることになったのだ。
サウジアラビアにつぐ親米国家どころか、サウジアラビアと敵対する反米国家となってイスラエルを脅かす国になったのだ。
完全な失敗に終わったのである。
米国はイラク攻撃に多大な軍事予算と兵士を失った。
一体何のためのイラク攻撃だったのか、ということだ。
米国は、間違ったイラク攻撃のため、国力を衰退させ、米国を分裂国家にしてしまった。
それに追随した日本もまた、当然ながら、国力を衰退させ、分裂国家になりつつある。
米国のイラク攻撃に追随した日本は、何の検証も、反省もないまま、まるでイラク戦争などなかったことのように、新しい時代に入る。
対米従属を続ける限り、日本は再び過ちを繰り返すだろう。
そしてその時の日本は、もはやその過ちに耐える余力は残っていないに違いない(了)
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