国際政治に不条理はつきものだ。
しかし、同じ人間でありながら、パレスチナをここまで弾圧するイスラエルと米国を我々はどう考えればいいのか。
それを止められない国際社会の無力さをどう受け止めればいいのか。
その事を象徴する二つの記事をきょう8月28日の新聞で見つけた。
一つはパレスチナ自治区発の読売の記事だ。
8年間にわたって差し止められてきたパレスチナ自治区宛ての郵便物10トンが、今年の夏になってやっと引き渡されることになったという。
通信の自由は言うまでもなく基本的人権だ。
そんな難しい事を言うまでもなく、手紙が届かないことほどつらい事はない。
そんな交信の自由を、イスラエルは保安上の理由だからと言って8年間もパレスチナに対して認めて来なかったのだ。
積み上げられ、放置されてきた10トンもの郵便物を写真で見る時、その中に封じ込められてきたパレスチナの無念さはいかばかりかと想像する。
しかも今度の引き渡しも「一時的な措置」であるという。
もうひとつの記事はエルサレム発共同の記事である。
米国がトランプ政権になってパレスチナ難民救済機関(UNRWA)への支援凍結を決めたため、予算が不足し、難民の子供たちが学校へ行けなくなる危機にあるという。
子供たちの唯一の希望が学校に行けるという事である。
それさえも奪おうとしているのだ。
その理由がまた不条理だ。
エルサレムをイスラエルの首都と認定した事に反発するパレスチナに圧力をかけるためだという。
国際法を破って弾圧することこそ許されないのに、その反発を抑えるために更なる弾圧を加えるのだ。
こんな理不尽な弾圧をくり返すイスラエルと、そのイスラエルを全面的に支援する米国を、我々はどうとらえればいいのか。
それを知りながら、パレスチナ弾圧を何一つ止めさせられない国際社会の無力さをどう受け止めればいいのか。
パレスチナへの弾圧を繰り返しながら、あらたな犠牲者を生み出す米国のイラク攻撃を許してはいけない。
そう意見を具申して私が外務省から解雇されて、15年もの歳月がたった。
その間、パレスチナ情勢は悪化する一方である。
イスラエルと米国の中東政策は横暴を極める一方である。
これ以上ない不条理である(了)
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