新党憲法9条

憲法9条それは希望

あらゆる解説が邪魔になる「朝鮮半島で歴史が動いた日」

 予想通り、朝鮮半島の不可逆的な平和実現の一日となった。

 南北首脳と朝鮮半島の民族以外の誰もが入り込む余地のない歴史的な一日だった。

 その光景を見ながら、無意識のうちに泣けて来た。

 不思議だ。

 私には南北統一に対する特別の入れ込みはない。

 利害損得は何もない。

 関係者に知り合いもいなければ、北朝鮮や韓国に対する好きとか嫌いとかの特別の感情もない。

 しかし、なぜか涙が出たのだ。

 おそらくとてつもない感動を無意識のうちにしていたのだ。

 何に対する感動なのか。

 歴史が動いた瞬間を目撃した感動なのだ。

 ついこの間まで、あれほど敵対していた南北朝鮮が、首脳の決断でここまで和解できる事に感動したのだ。

 戦争を起こすのも人間なら戦争を二度と起こさないと決意するのも人間なのだ。

 そして、この二人の見事な外交に、外交官だった私の血が無意識のうちに騒いだのだ。

 これこそが憲法9条の神髄であり、憲法9条を掲げる外交である。

 明日からのメディアは、非核化の道筋は見えてこないとか、宣言を現実のものにする努力こそ問われるなどと、したり顔をした専門家や外交評論家の解説であふれるだろう。

 しかし、関係のない我々が何を言っても、むなしく、みっともないだけだ。

 ましてや日本は北朝鮮問題については一億総安倍首相になって邪魔ばかりしてきた。

 余計な事を言わずに黙って、素直に、感動を共有するだけでいいのだ。

 そして、日本は気づくべきだ。

 先を越されてしまったが、まだ遅くはない。

 いまこそ日本は憲法9条を持っている事に感謝し、それを誇りにして、世界の平和実現の為に、両首脳の偉業の後に続くべきだ。

 その事を大きな声で主張する政治家や有識者が出て来なくてはいけない。

 出て来なければ私が言う。

 そして行動を起こす。

 新党憲法9条を、この国のどうしようもない政治の中に実現しなければいけないのである(了)

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