きょう発売の週刊新潮最新号(8月17日・24日号)の中にある、フリージャーナリス徳本栄一郎氏の手になる「安倍首相が甦らせたマッカーサーへの忖度」という記事は国民必読である。
森友・加計疑惑で時の言葉となった忖度という言葉であるが、実はこの言葉がもっとも頻繁に使われたのはマッカーサーによる占領時代であったという。
徳本氏はこの言葉がはじめて国会で使われた日露戦争後の1909年から、高度経済成長に入った1957年までの国会議事録をしらべ、議事録の中で一番頻繁に忖度という言葉が使われたのがマッカーサーによる占領時代であったことを教えてくれる。
吉田茂がマッカーサーに忖度し、野党である社会党の前田種男議員がマッカーサーに忖度し、一万田尚登日銀総裁がドッジGHQ財政金融顧問に忖度している。
その事を徳本氏はこう書いている。
「小学校への国有地売却や獣医学部新設どころの話ではない。政府の外交や経済政策、はては電力業界の再編まで国のあらゆるかじ取りがGHQへの忖度で動いていた。この吉田総理以下の要人による、いじましいとも映る態度の背景には当時のGHQ、とくにマッカーサーの圧倒的な存在感があった・・・」と
そして徳本氏は太宰治の次の言葉を教えてくれる。
「民主主義の本質は、それは人によっていろいろに言えるだろうが、私は、『人間は人間に服従しない』、あるいは、『人間は人間を征服できない、つまり家来にすることができない』、それが民主主義の発祥の思想だと考えている・・・」
そして徳本氏は次のように締めくくっている。
安倍総理は日本国憲法を含む戦後レジームからの脱却を掲げるが、その政権運営がGHQと似ているがゆえに忖度を生んだとすればあまりにも皮肉すぎる。太宰ではないが時代は少しも変わらないのだ・・・吉田総理には悪いが、戦後の日本外交には絶えず対米追従、従属との批判がつきまとってきた。戦後レジームからの脱却を目指す安倍首相は、今こそ、米国への忖度拒否を宣言してみたらどうだろう」
新党憲法9条のキャッチコピーがまたひとつ見つかった。
新党憲法9条は米国への忖度をしない政党である。
これこそが既存の政党、政治家の真似のできない事である(了)
天木さん、次期衆院選で1議席でも捥ぎ取ろうと本気で考えているのなら、党名を変えることです。大変、失礼な物言いで恐縮なのですが、「新党憲法9条」では議席確保の確率は、限りなく零に近い。「米帝忖度拒否真党」とか、「米帝褒め殺し党」などはどうでしょうか。もっとセンセーショナルなネーミングでないと、1議席確保は非常に困難だと予想します。それこそ「永遠のゼロ」になっちゃいますよ。あ、そうだ。百歩譲って、「新党永遠の九条」なんて言うのは如何ですか。一考あれ。