検事総長に就任した林真琴氏が、きのう7月17日の記者会見で、こう抱負を述べたと言う。
「検察権の行使が国民の信頼に支えられていることを意識し、使命感を持って職務に取り組む」と。
「(検察と政治との関係について)厳正公平、不偏不党であるべきだと考えている」と。
黒川人事をめぐる大騒ぎの後の検事総長だ。
この言葉以外に語るべき言葉はない。
そして、この言葉にウソはないだろう。
しかし、この言葉が白々しく聞こえるのは私一人ではないはずだ。
残念ながら、彼にはその言葉通りの検察権の行使は期待できないと皆が感じている。
検事総長に上り詰めた事自体が、国民を裏切り、不偏不党でなかったことを証明しているからだ。
彼が検察官僚とした務めて来た40年ほどの間に、検察は数々の権力者の犯罪と向かい合って来た。
そして検察は権力に忖度して不正義を数々をおかしてきた。
その事を林検事総長は知らないはずがない。
みずから手を染めなくても、それを目撃して来たはずだ。
そして黙認してきた。
黙認して検事の職をまっとうし、そして検事総長の上り詰めた。
その事自体が不偏不党でなかった証拠だ。
そう言わなければ就任の弁にならなかったとしても、その言葉はあまりにも白々しい。
もっとも、「これからは違う」、というなら話は別だ。
検事総長の後は定年退職しかない。
検事総長以上の出世はない。
もし最後に正義を実現して見せるというのなら、河井克行前法相事件で安倍首相訴追の陣頭指揮を執るしかない。
それができるかどうかが、林真琴検事総長の真贋のすべてである(了)
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