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誰も大声で言わない米国の対イラン強硬政策の本当の理由

 きのう1月10日の読売新聞が、イランの報復攻撃に対するトランプ大統領の演説の全文を掲載していた。

 それを熟読した私は驚いた。

 やはりそうだったのかと認識をあらたにした。

 私の驚きの説明を以下の通り書いてみたい。

 あの演説は世界がかたずをのんで注目した演説だった。

 なぜかといえば米国の出方次第では全面戦争になる危険すらあったからだ。

 だからトランプ大統領が武力行使に踏み切らないことを知って世界は安堵したのだ。

 そしてとりあえず危機が去ったことで、さまざまな解説がなされた。

 お互いに戦争を避けたかったのだとか、トランプ大統領に自制が働いたのだとか、トランプ大統領の意図は弾劾隠しであり、大統領選を有利に運ぶためだったのだ、などというのがそれだ。

 それはそうかもしれない。

 私もそう思った。

 しかし、このトランプ大統領の演説の全文を読んで、私はあらためて米国のイラン敵視の強さを知らされた。

 危機が去ったことに安堵を覚え、日本のメディアは戦争に踏み切らないトランプ大統領のごとく報じているが、そうではない。

 少なくとも中東に関してはそうではない。

 むしろ米国とイランの戦争の危機は、これから強くなるに違いない。

 私はあの演説を読んでそう思った。

 なぜそう思うかといえば、演説の冒頭の言葉が次のようなものだったからだ。

 「私が米国大統領である限り、イランが核兵器を手にすることは決してない」

 これは驚くべきことだ。

 最初に、最大のメッセージを送っている。

 そういった後で次のように演説の中身に入っているのだ。

 「おはよう。私は喜んで次のようにお伝えする・・・我々は一人のけが人もなく・・・米軍基地の被害も最小限に抑えられた。我々の偉大な米軍は、あらゆる出来事に対処できる。イランは身を引いたように見える。これはすべての当事者にとってよいことであり世界にとっても良いことだ・・・」

 そして、そのあとに続くトランプ大統領の言葉はイランに対する批判一色だ。

 スレイマニ司令官がいかに危険で害悪だったかの批判ばかりだ。

 なぜそこまでイランを危険視し、イラン核保有を認めないのか。

 そのカギはイスラエルの安全保障確保にある。

 このトランプ大統領の演説の裏に隠されているキーワードはイスラエルの安全保障のためには何でもやると言っているのだ。

 国連の最初の安保理決議がイスラエル建国決議であり、国連が関与した最初の戦争が中東戦争であったように、戦後の米国の安全保障の中心は中東にあり、その中心はパレスチナ紛争であり続けた。

 イスラエルの安全保障のために、米国とイスラエルはアラブを分断し、反イスラエル勢力をことごとくつぶしてきた。

 湾岸戦争をきっかけに、イスラム教の本山があるサウジアラビアにまでも米国は軍事基地をつくることに成功した。

 うまくはいかなかったがブッシュのイラク攻撃はイラクを第二のサウジアラヒアにすることだった。

 最後に残ったのが革命後のイランだ。

 そのイランが、米軍は中東から出ていけと主張し、イスラエルに対抗する核保有国を目指している。

 これまでのどの米国大統領よりもイスラエルと一体のトランプ大統領がそんなイランを許すはずがない。

 なにしろ、パレスチナ併合(入植)を公然と認め、イスラエルの首都はエルサレムだと言わんばかりに米国大使館をテルアビブからエルサレムに移したトランプ大統領だ。

 中東におけるイスラエルの安全保障を完成するためには、イスラエルに敵対する勢力を中東から根絶しなければいけないのだ。

 その完成がイラン革命でできた今のイラン体制のレジームチェンジなのだ。

 トランプ大統領の8日午前(米国時間)の演説は、そう宣言したのである。

 もちろんハメネイ師のイランはそれを知っている。

 中東の危機はこれからが本番になる(了)

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