韓国国会議長の天皇謝罪発言については、安倍政権がそれにどう対応するかどうかという問題を離れ、日本としてどう応じるべきかについて、我々は避けて通れない問題だと思う。
実は、この天皇謝罪については、田中宏和氏が私との動画対談でまさしく提言していた事だ。
すなわち今上天皇は退位前に昭和天皇の戦争責任を謝罪してもらいたいと。
それは新天皇になる皇太子の為でもあると。
皇太子にまでその難題を尾引き継がせてはかわいそうだと。
この発言を聞いた時、私はすかさず相槌を打つことが出来なかった事を覚えている。
私の念頭には、まだ国民の意識は天皇謝罪まで至っていないと思ったからだ。
そして、私自身も、そこまで考えた事がなかったからだ。
しかし、いまこうして韓国の国会議長から問題提起されると、あらためてその是非について考えざるを得ない。
そして、おそらくそれしかないと考えるに至った。
本来ならば、韓国側からそれを言われてそうするのではなく、日本として自発的にそうすべきだったのだ。
そして、それには国民の多数がそう考える中で行われるべきなのだ。
歴代の政権は、国民が正しい歴史認識を持つように情報を開示し、国民の理解と支持を得てように努め、そして天皇の謝罪が出来る総意をつくるべきだったのだ。
そして本来ならば、政治的存在でない象徴天皇の民主憲法の下では、天皇ではなく内閣総理大臣たる首相が行うべきなのだ。
実際のところ、文喜相国会議長の発言をよく読むと、日本を代表する(安倍)首相からの謝罪でもいいと言っている。
しかし、いくら首相が謝罪しても、韓国のことだ。
最後は天皇謝罪だということになりかねない。
やはり天皇謝罪は究極の謝罪である。
そして、天皇の謝罪が究極の謝罪である以上、二度と韓国は日本に対して謝罪を求めないことが保証されなければいけない。
そんなことを韓国は確約できるだろうか。
こう考えていくと、少なくとも安倍政権が続く限り、残念ながら文喜相韓国国会議長の要求が実現される可能性はなく、また日韓双方からも、この問題についての議論は大きくなっていかないだろう。
文喜相国会議長の発言はこのまま日韓間の政治問題にならずに終わるだろう。
だからといって天皇の謝罪問題を先送りしてはいけない。
いつか必ず解かなければなからない宿題なのだ。
日韓関係和解の現実的な最善策として、今上天皇が最初の外遊先としてアセアン諸国を訪問された事にならって、新天皇が最初の外遊先として韓国を選び、そしてそこで村山談話を自らの言葉で語られることだ。
安倍政権ではそれすら出来ない。
野党はいまからその事を政権公約に掲げ、安倍政権からの一刻も早い政権交代を目指すべきである(了)
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