新党憲法9条

憲法9条それは希望

立川駅前に一人住んで二か月が過ぎた

 街頭演説を始めるために立川駅にアパートを借りてひとり住まいを始めて二か月がたつ。

 はじめこそ張り切って街頭演説をはじめてはみたが、安倍自公政権と野党共闘の政局の中で、いまはその時ではないと思って止めることにした。

 いまは毎日メルマガを書くことから一日が始まり、後の時間は、野党共闘の候補者になれないものかと人に会うことにしている。

 野党共闘の候補者になれなければ選挙にならない。

 さすがの私もそう思う。

 明日はある人を訪ねて博多に行く予定だ。

 その途次に、今、私は京都に来てこれを書いている。

 そうは言っても、毎日人に会うほどの人はいない。

 いきおい、立川のアパートの近くをうろついて見知らぬ人と言葉を交わす毎日だ。

 近くにラーメン屋があって、そこはめずらしく夜になるとカラオケが始まる。

 カラオケラーメン屋ははじめてだが、私は下手だがカラオケが好きだから時々いく事にしている。

 そこで会った客の一人に、何をやっているのかと聞かれ、はじめはごまかしていたのだが、そのうち元官僚であり、そして最後に元大使ということをばらす羽目になった。

 そうしたら、よくも元官僚、元大使がこんなところで俺たちとラーメン食ってるな、よほど何か失敗でもしたに違いないと同情された。

 私はまあそんなところだといってごまかした。

 また、こんな経験もした。

 私は毎日近くのスーパーに食材を求めに行くことが日課になっているのだが、たしか去年のクリスマスの頃だと思う。

 そのスーパーに、「サンタさんに何をお願いする?」という掲示板があって、暇にまかせて読んでいたら、小学一年の女の子のメッセージで、「お母さんに結婚相手がみつかりますように」というのがあった。

 いまなぜそれを思い出したかというと、虐待が後を絶たないという悲しいニュースが世間を騒がせているからだ。

 やはり人間は老いも若きも、生きていけるだけのお金と人のぬくもりが大切なのだ。

 それさえあれば人はどんなことがあっても生きていける。

 そんなことを考えながら、私は毎朝、朝早く起きてニュースを見ながら政治評論を書き続けている。

 このギャップがまたたまらない。

 そして書き始めて行くうちに、この国の政治の体たらくに腹が立つ。

 その怒りがなくなった時は私が書くことを止める時である。

 やはく、そういう時が来て欲しいと願う。

 しかし、まず来ることはないだろう。

 書き続けるしかないのだろうか。

 それはそれで、つらいことではある(了)

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