国会は終わり、前川文科省前事務次官の勇気ある告発も、詩織さんの勇気ある告発も、なかったものにされて終わりそうだ。
もっとも、前川次官の告発は決して無駄ではなかった。
これだけ野党が騒ぎ立て、国民の広く知るところとなった。
そして政局的には不発に終わったとしても、森友学園が幼稚園を開けなくなったように、加計学園の獣医学部開設も困難になるだろう。
開設の可否は現在、文科省の大学設置・学校法人審議会で審査が進められており、8月末に決定されるらしいが(6月17日読売)、ここまで疑惑が知れ渡っては、すんなり開設承認とはいかないだろう。
そして、たとえ加計学園による獣医学部が開設し、前川次官の勇気ある告発が無駄に終わったとしても、前川次官は官僚のトップまで上り詰めた人物であり、強者だ。
同情するほどでもない。
それに比べ、詩織さんの勇気ある告発は、決してなきものにして終わらせてはいけない。
それどころか、その告発こそ、正しく生かさなければいけないのだ。
おりから共謀罪と並んであっさり成立したのが性犯罪厳罰化の刑法改正だ。
性犯罪被害者らの願いがようやく成立したと皆が喜んでいる。
しかし、その刑法改正の国会審議の場で、詩織さんが告発した準強姦罪の被疑者の不起訴処分の不正義について、野党はどこまで安倍政権に詰めったのだろうか。
少なくとも私には野党の熱意は伝わってこなかった。
読売新聞に至っては、きょう6月17日の社説で、「被害者の泣き寝入りを防げ」と刑法改正を歓迎しておきながら、詩織さんの勇気ある告発には一切触れずじまいだ。
これでは詩織さんは救われない。
泣き寝入りさせられて終わる。
弱者こそ真っ先に救われなければいけない。
泣き寝入りさせられては終わってはいけない。
それが政治の原点であり野党の仕事だ。
詩織さんを準強姦しておきながら不起訴処分で逃げた山口敬之という元TBS記者も、山口記者を逃がした中村という警察官僚も、その責任は正しく問われなければいけない(了)
きょうNHKで、北海道大学の長い年月を要する研究がどんどん研究費カットにあっている。1年の研究費が70万というところもあって、存続できないところや、研究生たちが寄付を集める苦労話の放送があった。要するにすぐ成果を出すところには、多く配分するということです。
昨年のノーベル賞に輝いた教授も、これからの日本の研究環境が心配だと述べていた。基礎研究ができない状況になっている。
加計学園問題を風化させてはいけないのは、日本の科学技術の発展がどちらの方向に行くか、また、すぐに成果を出さないものを排除する方向にもって行く可能性もある。新しいところに防衛費の研究助成金を大量につぎ込んで、教授・研究者たちを集め、思い通りの研究をさせる学校作りは、内閣府の意向をまげても文部科学省は若い人たちのために阻止してほしい。
昨日、国会の共謀罪の首相答弁で、組織犯罪集団であるものが、水道水に毒を入れて多くの人たちに危険が及ぶ場合には、毒を入れた時点でないと捕まえられなかったが、この法案で、準備の段階で捕まえて、事前に防ぐことができるという趣旨のことを述べた。
組織犯罪集団ということが分かっていれば、どんな方法でも未然に防ぐことは優秀な日本の警察はできる。組織犯罪集団を見つけるためには国民を監視することになる。日本の警察機構は、日本中の隅々まで地域の警察や交番がありその地域の人たちを知る機会もある。お墨付きを得て、住民全てを監視する一元管理システムが容易にできることになった。
権力者が気に入らない人を調べさせて、更なる冤罪を産むことも心配だ。また、詩織さんの事件のように、相手が悪いことをしても権力者からの要求で、捜査もしないことも現実に起きている。
日本は本当に弱いものの立場に立って法を運用する場合の歯止めがない。毎日が監視されていることで、ひるんではおしまいです。