安倍首相がきのう5月1日に行われた「新憲法制定議員同盟」という組織の主催する会合に出席し、「機は熟した。今求められているのは具体的な提案だ」などと憲法改正に前のめりの発言をしたらしい。
とんでもない発言だが、私はそれを相手にする気にはなれない。
私にとって、きのうの会合の主役は、もう一人の改憲主義首相である中曽根元首相である。
国民の前から姿を見せなくなって久しいと思っていたら、元気な姿を見せた。
なんと99歳であるという。
その中曽根首相が、かくしゃくたる声で改憲の重要性を訴えていた。
今朝の新聞は、当然のことながら現職の安倍首相の挨拶ばかりを書いて終わっていたが、テレビで流された中曽根元首相の言葉に私は注目した。
憲法改正という国家的大事業は、国民の同意を得て成し遂げなけれいけないと強調したのだ。
この中曽根元首相の言葉は、私が何年か前の憲法記念日の特集記事の中で見つけた中曽根元首相の言葉を思い出した。
その時中曽根首相は語っていた。
憲法9条の改正は、国民の意見が真っ二つに分かれているようなときにやってはいけない、国民の大半が改憲を認めるようになった時でなければ、無理をして改憲しようとすれば、「血なまぐさい」ことになる、と。
現職の時の中曽根首相は元祖日米同盟論者だ。
その改憲志向も私は強い反発を覚える。
しかし、政治家として改憲を最大の目標に掲げて来た中曽根首相が最後に辿り着いた慧眼に、私は共感を覚えるのだ。
いうまでもなく中曽根首相は歴代の首相の中でも、改憲に政治生命をかけて来た元祖改憲首相だ。
その中曽根首相が、国民的合意なくして改憲をしてはいけないといまでも言うようになったのだ。
中曽根首相が自らの生きているうちに改憲を見たいと考えている事はいまでもその通りだろう。
しかし、もはやそれは難しい、残念ながら自分の政治的願望は達せられないと悟ったのではないか。
おりから世論の大半は、北朝鮮の危機が煽られている中でも改憲に慎重である。
中曽根元首相にくらべ、安倍首相の軽薄ぶりと往生際の悪さはどうか。
野党との合意ができれば、自民党の案にこだわらないと言い出している。
中身はどうであれ、自分の手で改憲さえできればいいと言わんばかりだ。
政治家としての目標を改憲に置いた二人の首相の、かくも大きな違いを私はきのうの集会で見た思いだ。
安倍首相に改憲をさせてはいけない。
いや、安倍首相に、中曽根首相でさえも出来なかった改憲という国家的な大事業が、できるはずがない(了)
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