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墓場まで持って行かなかった御厨貴

  御厨貴という政治、歴史学者のことは、もちろんメディアで知っていたが、その御厨貴氏に私が特別の関心を持つようになったのはごく最近だ。

 平成天皇退位に関する「有識者会議」座長代理を務めた彼は、最近中央公論社から「天皇退位 何が論じられたか」という本を編集・出版した(2020年3月10日初版)

 それを知って、その本を熟読して、そしてあらためて私は御厨貴氏に関心を持ったのだ。

 この本は2016年8月8日の平成天皇のあの「おことば」について、いかに重要な意味を持ったものであったか、そしていまこそ日本国民はあの「おことば」に答えなければいけないと、その本で御厨氏は訴えている。

 まさしく私が期待していた本であり、御厨氏は私の訴えを代弁してくれている人物なのだ。

 そんな御厨貴という学者は、これからの日本の政治をどう考えているのか、どう自らの役割を考えているのか、私はがぜん興味を持つようになった。

 その御厨氏が、きょう6月30日の朝日新聞の文化・文芸欄「語る 人生の贈りもの」の中で、次のように述べていることを偶然見つけた。

 御厨貴氏は、1993年に出版された小沢一郎の「日本改造計画」という本の執筆者の一人である事をばらした上で、次のように告白している。

 「・・・当時の参加者には『墓場まで持って行く』という人ももいますが、私は歴史家として自らが果たした役割を説明すべき時期だと思い、お話しします・・・」

 こう書いた上で、次のように当時の事をばらしている。

 すなわち御厨氏が代筆した部分は明治以降の日本の政治史、歴史についての部分だったことを明かした上で、小沢一郎に好きな政治家を聞くと西郷隆盛だと言ったので、それに対して、「事をなす前に死んでしまった西郷ではダメ」と説得し、本の中では西郷のライバルである大久保利通を、学ぶべき歴史的リーダーの筆頭格にしたと打ち明けている。

 私が驚いたのは、その後につづく次のようなエピソードだ。

 ・・・私が関わった事は秘密でした。大平・中曽根両政権のブレーンだった恩師の佐藤誠三郎先生から、『小沢は政権を取れない。総理になる顔じゃない』と言われ、どう反応したらいいか分からず、困りました・・・

 そして、御厨氏は次のように彼の考えを語っている。

 ・・・55体制が機能不全に陥るなか、小沢さんの持ち前の破壊力で自民党を壊すしか日本政治を変える方法はないだろうと、当時は純粋に思いました。結局、自民党を十分に壊せなかった時点で期待はしぼみ、政治改革は選挙制度の議論に終始して行きます。1994年に自社さ政権ができたころ、私は現実政治から距離を置くことにしました・・・」

 この朝日の御厨氏の告白は大きな反響を呼ぶことだろう。

 墓場まで持って行かなかった御厨氏が正しかったかどうかは、私にはわからない(了)
 

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